踏ん張る 耐える

踏ん張る 耐える

相撲の話題で「相撲取りってケガが多いよね」という話が出た。

180㎝150㎏の巨体2人で、押したり引いたたり投げたりしあうわけだから、
想像できないほどの力が加わってきているのだと思う。

投げられないように耐えて、押し切られないように踏ん張っている姿が目に浮かんだ。

なぜ、彼らは踏ん張り、耐えることができるのか?

その先に、勝利という「希望」があるからだと思う。

しかし、大きな力に耐えれば耐えるほど、踏ん張れば踏ん張るほど、体の限界を超えたとき、大きなケガにつながると思う。

私は、自分が重いうつ病に至ったのは、お相撲さんと同じ現象ではないかと感じた。

パワハラや嘘による圧力に対して踏ん張っていれたのは、
ここを耐えれば、「また部活動ができる」「上司は定年でいなくなる」
などなんらかの希望があったからだと思う。

だから、自分自身をだまし、する必要がないとわかっていることもこなすことができたし、
理不尽なこともこなすことができた。

しかし、私に対する嘘が発覚し、「このままずっとこんな感じで働かなければならないのか」という絶望感に支配され、希望が無くなった時、上司・先輩に対する信頼は0になり、怒りとあきらめが大きくなり、踏ん張り切れなくなった。

「ボキッ」と折れ、「ガシャンッ」と砕け散った。

一度ここまで粉々になると、以前の自分を取り戻すのは難しいと今は感じています。

折った人たちは彼らの考えを声高らかに言うのでしょう。

私はこれからどうなっていくのでしょう。

朝のすごい心身の重さとともに、頑張ろうなどとは思えない自分とともに、
楽しいと感じることが極端に減ってしまっている私とともに、
生きていくために何ができるのでしょうか? 

どう思いますか?

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