第4章 じわじわ追い込まれた4年間

第4章 じわじわ追い込まれた4年間

過去の記事はこちらから

序章 32歳の決断がうつへ向かう日々の始まり

2章 手ごたえ

3章 迫りくる危険

上司

人間関係のトラブルとなった上司と先輩には、いろいろな追い込み方をされていた気がします。
その一つに、私の業務にも学校の業務にも全く関係ないことをひたすら命令されたことがありました。

その時は、負の感情をたくさん抱きながらも、立場だけにとらわれ、
「目上の人だからいう通りにしなければならない」
「嫌われて、一人になり、仕事を失うのが怖い」などと思いながら働いていました。

私が上司からやらされた事は、私には一切関係のないことです。
学校業務にも一切関係ないことです。
私がする必要も義務もないことです。わかってはいました。

しかし、私は、
「歯向かって大きなトラブルになり、私が不利な立場になりたくない」
「関わりたくないから早く終わらせよう。」と思い、
機嫌を損ねないようにヘラヘラしながら、断ることもせず、こなしていました。

人間性を否定するようなこともよく言われていました。

しかし、なにも言い返しませんでした。相手にするだけ無駄だと思いましたし、もう60歳も超えているし、我慢すればいつかいなくなるとわかっていたからです。

こんな毎日だったので、顔をみると、嫌な思いしか浮かばず、どんどん自分の心も負の感情に支配されていきました。
声も聞くだけでも鬱陶しいとおもうようになってしまいました。
そして、なるべく避けるように行動するようになりました。

このことも、鼻に突いたようでしたが…。

先輩

先輩とは同じ部活動・教科であること年齢が近いということが一番の問題点でした。

先述したように、180度違う正反対の指導スタイルにしたことから、私からの尊敬、信頼は崩壊していきました。

私は勇気づけとコーチングを軸とした指導で、多くの生徒と対話ができ、ともに取り組み、ともに考え、ともに意見を話し合うという充実した日々と見違えるような成長を見ることができました。

私は、自分のスタイルで指導をすることに何のためらいもありませんでした。
生徒が成長しているのだから、先輩もわかってくれるだろうと甘えた考えを持っていました。

失敗をしても肯定的にとらえて、次の成功に向けて生徒とともに課題解決へ取り組む私を生徒たちや保護者の皆様も認めてくださったのかもしれません。

孤独とストレス

予定を教えてもらえず、グランドに行ったら休みだったことは何度もありました。
むなしくグランドを見つめたことを思い出します。

嫌なことをされるたびに、「やりやがったな。やり返してやる」のような嫌な感情が増え、指導も発言も受け入れられなくなっていました。
どんどん先輩から気持ちが離れていきました。

そのころから、土日の部活も休みがちになっていきました。
朝、起きたら頭がぼーっとしていて、部活にも行けず、否定的に物事を考える休日となっていました。
部活へ行けても1日中審判しながら、嫌な感情が渦巻いていました。
「私だったらこうする」
「私だったらこういう言葉をかける」と感じ、
「なんでこんなこと言うのか」
「この失敗は、私だったらこうしてみるのに」とか、

1日中、他人のことを否定するわけですからストレスが溜まってしょうがなかったのでしょう。

私が正しい、相手が間違っているという対の関係で、敵になり攻撃的な思考と行動になっていました。

怒りと「私が正しい」という正義感を持ち対立していました。

続く

今はこの2人を許しています。
ここには事実と当時の感情・考えを残しています。

うつへ向かう日々カテゴリの最新記事